總社神社そうしゃじんじゃ

 

別名・俗称

常陸國總社宮、常陸国総社宮(ひたちのくにそうしゃぐう)、明神さま

法人格/旧社格

法人/県社

鎮座地

茨城県石岡市総社2-8-1[Google Mapで表示する]

連絡先

電話:0299-22-2233
FAX:0299-22-3846

WEB

http://www.sosyagu.jp

境内地

251326坪

御神木

楠 樹齢500年

御祭神

いざなぎのみこと
伊邪那岐命
すさのおのみこと
素盞嗚命
ににぎのみこと
邇邇芸命
おおくにぬしのみこと
大国主命
おおみやひめのみこと
大宮比売命
ふるのおおかみ
布留大神

特殊神事

例祭(石岡まつり)は関東三大祭りのひとつに数えられ、神幸祭(9月14日)還幸祭(9月16日)の神輿の渡御には幌獅子屋台、山車40数台が供奉し町を練り歩く。その獅子舞、山車の囃子は県の無形民俗文化財に指定されている。

御由緒

神体、幣。創建年代不詳であるが、社伝によれば聖武天皇の天平年間勅命により国家の鎮護として天神地祇の霊験の御神六柱を日本武尊の御遺跡である神石の辺りに勧請合祀し創建されたと伝えられている。
総社の名は延長4年古事類苑多武峯略記引用文に記されているのが最古であり、総社の沿革については古来種々の説があるが、国府の地に国分寺と相対して鎮座尊崇を受けていたことは明らかである。祭政一致の大義に基づき中央官庁の神祇官に相当するものが地方国府の宮であり常陸国では当社が該当した社であった。
国司はかつて天神地祇六神の祭礼を執行した為、国府の宮を六所の宮(六所明神)と呼ばれた時代もあった。当社は六所明神を御祭神とする最も古い総社であり、世々の国司が奉斎の誠を捧げ、鎌倉将軍家の時代には一宮鹿島神宮と並び奉幣があったことは所蔵の文書により明らかである。
戦国兵乱の世には大椽氏、江戸時代には松平家代々の崇敬深く其後郷関の産土神として朝野の信仰を受けた。古来武将の崇敬篤く弘安の役における敵国降伏の祈願を始め永享年間には太田道灌奥州下向の途次当社に参籠祈願をこめられ、「曙の露はおくかも神垣や榊葉白き夏の夜の月」と和歌一首を遺された。
明治4年郷社に列格、同31年県社に昇格。
昭和39年8月不慮の火災により拝殿を焼失。以来21年仮拝殿にて祭儀の執行を余儀なくされたが昭和60年9月再建、9日に竣工奉告祭を斎行した。

施設

本殿 流造銅板葺9坪
幣殿 銅板葺3.8坪
拝殿 銅板葺24坪
神楽殿
参集殿
随神門
宝物庫
神輿舎
手水舎
神井
社務所
鳥居 2基(天保10年9月、大正4年2月)
狛犬 1対(大正3年4月)
石灯籠 20基
木製灯籠 8基
社名碑 2基(大正3年4月、大正14年9月)
記念碑 4基

写真

境内
参道
明神神輿
初詣
境内のお掃除
随神門