佐志能神社さしのじんじゃ

 

別名・俗称

染谷佐志能神社(そめやさしのじんじゃ) 竜神さん

法人格/旧社格

法人/郷社

鎮座地

茨城県石岡市染谷1856[Google Mapで表示する]

境内地

4461坪

御祭神

とよきいりひこのみこと
豊城入彦命

配祀

たかおかみのかみ
高龗神
くにのとこたちのみこと
国常立尊
おおくにぬしのみこと
大国主命
すくなひこなのみこと
少彦名命
くにのさつちのみこと
国狭槌命
とよくみぬのみこと
豊斟渟命
さるたひこのみこと
猿田彦命
かなやまひこのみこと
金山彦命
あめのひわしのみこと
天日鷲命
たけみかづちのみこと
武甕槌命

特殊神事

例祭当日十二座神楽が奉納される。

御由緒

神体、幣。竜神山に鎮座。仁明帝承和4年3月戌子常陸国新治郡佐志能神官社に預る。光孝帝仁和元年9月7日従五位下村上神社従五位上(位田十二町)延喜式内小社。祭神豊城入彦命は崇神帝の皇子、御母は紀国造荒河戸部の女、遠津年魚眼妙媛命。勅命を奉じ、大功をたてたことにより、子孫に東国の国造に任ぜられるものが多かった。玄孫荒田別命の子孫佐白公が新治国造に任ぜられたとき、祖神を鎮斎した。(佐志能は佐白の転訛)高龗神は軻遇突智神の御子で、暗龗神と同胞、両部で竜神と称し雨の神。昔村上村であったので叙位の策命に村上神社としてある。その御分村して染谷村が出来た。村上神社が染谷村の地域に入ったので、村上村では別に一社を創立し、日本武尊と暗龗神を鎮祭した。文久2年社殿炎上、その後再建。明治29年4月1日郷社に列格。同43年10月町内無格社御嶽、同境内社八海山、三笠山、道祖、金刀比羅各神社を合併。大正元年12月町内無格社鷲宮、同3年12月志筑村高倉村社鹿島神社を合併。

施設

本殿 流造銅板葺4坪、拝殿 銅板葺10坪、鳥居1基(昭和47年9月)、石灯籠2基、手水石2基、直会所

写真