金刀比羅神社ことひらじんじゃ

 

別名・俗称

こんぴらさん・旧社名 金毘羅大権現

法人格/旧社格

法人/無格社

鎮座地

茨城県石岡市国府6-2-1[Google Mapで表示する]

境内地

311坪

御祭神

おおものぬしのみこと
大物主命

配祀

すとくてんのう
崇徳天皇
ふつぬしのみこと
経津主命

特殊神事

神幸祭 10月10日

御由緒

約2000年前、第10代崇神天皇は、大和国御諸山に鎮座する大物主神を畏敬して親しく教導を仰ぎ、その御加護をもって、海路を開き、日本を統一した。このとき、北関東地方は、崇神天皇の皇子豊城入彦命が、大物主神の神命を奉じて統治することとなり、当地方の開拓が始められた。当神社の鎮座地は、その古称を森・森木・守木とも言うが、これは神社・神木・神垣の意を表し、古代神木祭祀の時代から由緒ある神域であったことを伝えている。。平安時代中期から鎌倉・室町時代にかけて、森の祭祀は常陸大掾平氏とその一族の森木氏に継承された。神仏混淆であったその時代に、森には守木寺や八大寺という寺院が付属していた。天正18年戦乱の兵火に巻き込まれ、森は壊滅し、常陸大掾氏も滅亡した。そのが、大掾氏の後裔である別当八大院によって神社が復興された。江戸時代、府中藩主松平家の信仰は殊のほか篤く、当神社に手厚い庇護と多大の崇敬を寄せられた。文政10年讃岐国象頭山から御分霊を迎え、その後、社殿や楼門などの一大造営事業行ったが、明治11年の市中大火により焼失した。また、昭和4年の大火にも類焼した。明治3年、「府中森金毘羅大権現」を、「石岡森金刀比羅神社」と改称。明治39年市内茨城カンドリに鎮座の香取神社を合併。昭和27年8月22日宗教法人設立。

施設

本殿 神明造銅板葺3坪(昭和3年造営)
幣殿 銅板葺10坪
拝殿 銅板葺18坪(昭和8年造営)
神輿舎 銅板葺2.5坪
神饌所 銅板葺2.5坪
神楽殿 銅板葺8坪
社務所 鉄筋コンクリート二階建トタン葺80坪
神馬舎 銅板葺1.5坪
手水舎 銅板葺1.5坪
神明鳥居 1基(大正天皇御大礼記念・大正4年)
灯籠 6対
狛犬 1対
社号標 1基(明治32年)
石碑 1基(石大華建立記念大正6年)

写真