高浜神社たかはまじんじゃ

 

法人格/旧社格

法人/村社

鎮座地

茨城県石岡市高浜865[Google Mapで表示する]

境内地

606.74坪

御祭神

たけみかづちのみこと
武甕槌命

配祀

すがわらのみちざねこう
菅原道真公
つくよみのみこと
月読命

特殊神事

例祭 七月二十五日(別名青屋祭)
元始祭 一月七日
節分祭 二月節分の日

古来の祭祀
青屋祭 旧六月二十一日府中(石岡)税所、健児所の両人公家装束騎馬従者三十人列を正して来社、社前の青茅葺假殿に、税所左、健児所右に着席。神主両人茅の輪をくぐること三度、両人奉幣の式を行い、天神地祇四方拝礼、奏楽の順に厳修した。幕末に中断しておったのを、明治五年六月祠掌小松崎穂、税所と諮り復活した。この日神前に「うどん」と茅の箸を献饌。諸人これに傚って青屋箸と云い、「うどん」を茅の箸で食す風習今に残る。
元旦から七日朝まで鳴り物を禁ず。七日早暁鶏鳴時に奏楽し、七草粥を神前に献饌する。

御由緒

神体神像。創建年代古く不詳。当地は筑波神山と鹿島神域の中間に位置し、風光明媚な国府(現石岡市)の外港として栄えた処で、宮方と呼び、鹿島を鹿島国方と云った。大化改新の時国府が置かれ、中央官庁への往来、国内諸人の参集鹿島参詣の船で当地の湊(古津)は非常に賑わった。
中央から長官の国司が奈良(後に京都)から着任すると、当国内の大社へ報告のため巡拝し、又毎年奉幣祈願の参向が習わしであった。当国一の宮は鹿島神宮であり、当地の湊から船で行くのが順路であった。けれども当日荒天で出航不能のときは高浜の渚に青茅で假殿(青屋)をつくり鹿島神宮を遥拝した。これが後世慣例となって、毎年六月二十一日「青屋の祭り」として続けられた。大同元年に神宮寺が現広瀬氏屋敷に建立された。
(社伝)当社は常陸國の長官の遥拝所として重要な意義が有り在庁官人及びその後裔、氏子及び崇敬者の尊崇をあつめた。

施設

貞享二年本社再建、神宮寺祠官小松崎内記(棟札)高浜鹿島大明神と尊称、明治六年高浜神社と改称村社に列格。同十四年拝殿再建。(棟札)
大正元年九月当町内天神社及び境内月読社合併。同二年二月十日(第七十号)共進指定。
昭和二十七年十一月十日宗教法人設立。
本殿、拝殿ともに近年には稀な萱葺き屋根の貴重な形態を保っている。
御手洗池が有り、往年には禊が執行されたと思われる。

写真

本殿
御手洗
拝殿
社務所
本殿
全景
日支事変以降戦没者慰霊碑
裏参道
御神木